女性と甲状腺

■ はじめに
甲状腺は前頚部下方に存在する約15g程度の内分泌腺です。甲状腺は血液より無機ヨードを取り込んで、これを材料にして甲状腺ホルモンを作り、血中に分泌します。甲状腺ホルモンは、脳下垂体より分泌される甲状腺刺激ホルモン(TSH)による刺激を受けて初めて分泌されますが、血中の甲状腺ホルモンが十分にあればTSHの分泌は抑制されます。この様にして血中の甲状腺ホルモンは常に一定のレベルに保たれる様に工夫されています。本来、海にしかないヨードを陸上に生息する人間が何故必要とするのかは良く分っていませんが、この事が逆に生命体が海より発生した証拠の1つであるとされています。

■ 甲状腺の病気には何があるの?
甲状腺の病気には
(1)ホルモン異常をきたす疾患
(2)腫瘍性疾患に大別されますが、ここでは(1)のホルモン異常をきたす疾患についてお話しします。
甲状腺ホルモンに過不足が生じると生体にとっては非常に不都合な事になります。甲状腺ホルモンは車にたとえるとエンジンの様な役目をしますから、ホルモンが多く分泌されれば常に早く走っているのと同じ状況になるわけです。

■ 頻度と性差
甲状腺機能亢進症では、女性は約150-200人に1人、男性は約400-600人に1人、甲状腺機能低下症では潜在性の機能低下症も含めると女性は約20-40人に1人、男性は約100-150人に1人の割合で存在すると言われています。このように甲状腺機能異常症には明らかに性差が存在します。

■ バセドウ病とは?
甲状腺ホルモンが過分泌された状態を甲状腺機能亢進症といいますが、その代表的な病気がバセドウ病です。バセドウ病は自己免疫疾患の1つで、甲状腺ホルモンの分泌を刺激する抗体(TSH受容体抗体)が原因となってホルモンの過分泌が生じます。バセドウ病は日常診療の中では最も診察する機会の多い甲状腺疾患で、男女比は約1:2-5で女性に多い病気です。典型的な症状は汗をかきやすい・動悸がする・体重が急に減る・手が振るえる・イライラしやすい等ですが、約半数の方に眼球突出がみられます。さらに女性では無月経や過少月経の原因になる事があります。

治療には
(1)薬物治療
(2)アイソトープ治療
(3)手術治療
がありますが、一般には(1)の甲状腺ホルモンの合成を阻害する抗甲状腺剤の内服治療が主体となります。抗甲状腺剤の内服期間は最低でも1−2年以上が望ましく、薬を中止しても再発しない確率は約30-40%です。

■ 橋本病とは?
甲状腺ホルモンが不足した状態を甲状腺機能低下症といいますが、その代表的な病気が橋本病です。橋本病も自己免疫疾患の1つで、甲状腺を破壊する自己抗体(抗サイログロブリン抗体、抗甲状腺ペルオキシダーゼ抗体)が原因でおきる病気ですが、女性に多く男女比は約1:3-10です。橋本病の大部分は甲状腺機能が正常で特に症状はありませんが、約1割の人が機能低下症となり、疲れやすい・体がむくむ・声が嗄れる・皮膚が乾燥する・便秘がちになる・寒がりになる等の症状がみられます。さらに女性では過多月経の原因になる事があります。

これら機能低下症状が出現すればもちろん治療の対象ですが、橋本病では甲状腺機能が正常でも甲状腺自体が極端に大きい場合にも治療の対象となります。いずれの場合も甲状腺ホルモン剤を内服しますが、適切な治療が行われれば健常者と変わらぬ日常生活を送ることが可能な疾患です。